2012年8月10日金曜日

【 滞在記 9 】 【 2010. 7. 3 ~  7.12 】 


   ● 性のあらわれ

  
                 《 2009・9月 撮影 》

       ナットは声もか細く、まつげが長いきれいな男の子。
       基本的には食が細く、運ばれてくる3度の食事にも
       ほとんど手をつけられずに寝ていることが多く、夕
       方には熱が急にあがり息をするのがやっとだった。
         26歳になったばかりだが、ティーンエイジャーに
       しかみえない。

       それがいつの間にかおむつをはずして、歩いてトイ
       レに行けるようになったある日、いつものようにマ
       ッサージをはじめようとすると何かが違う。

       シャツがモコモコしているので、冗談で【 ブラで
       もしてるみたいじゃなーい! 】といったら真顔で
      【 そう、これいいでしょ、特別なやつなの 】 と、
       ほほえんだ。

       え? きみは乙女ちゃんだったんだ。
       甘い声も、伏目がちなまなざしも納得!


       元気になってくると、アイライナーをひき、メイク
       にもチカラがはいる。

       あらー、キレイ!

       生と死をいったりきたりする時は、どちらかという
       と性が曖昧になる。赤ちゃんも同様に生まれてから
       しばらくの間は男女の区別がつきにくい。
       高齢になると、おじいさんっぽいおばあさん、おば
       あさんっぽいおじいさんがあちらにもこちらにも…


       自分の性別を主張し、身だしなみに気を配るように
       なったら、もうずいぶんと回復した証拠!


       ナットは、ずいぶんと元気になった。
       口にするものも、おいしくておいしくてつい食べ過
       ぎてしまうって。おかげで体重は一番細かった頃の
       倍に!
       現在はお寺のショーに出演して踊りを披露している。


     
         《 2010・7月撮影 講堂楽屋にて 》





   ● これって タイ ジョーク?


     お寺にあるトイレの張り紙。


 
    この類の張り紙は他でも似たものを目にします。
    きれいに使いましょう!ってことですが…

     ☆ 立ちション禁止!

     ☆ 嘔吐禁止!

     ☆ 便座の上にのっちゃだめ!
      (街中のトイレの便座には、よく足跡がつい
       ている)

     ☆ 犬のようにまたいで用を足しちゃダメ!

     ここまでは、まだ理解できる。
     でも、左下のこれって…

     ☆ 釣り禁止!?

    【 ねー、これってジョーク? 】 
     スタッフに聞いてみた。

     すると、あながちそうでもないようだ。

    【 タイ人はかわった人が多いから、意外に
      まじめに注意してるのかも! 】だって。

    便器で魚を飼って釣り! 
    じゃあ、トイレはどこで? 
    Amazing Thailand !!






● 入院


  寺で症状が急変した場合、車で20分程のロッブリー
  州立病院に入院する。

  ちょうどその日は、3人の患者さんが病院に運ばれた。
  彼らは親族友人が遠方もしくは、誰も引き取り手がい
  ないないため、一日お寺で過ごしたあと18時に病院
  へ行き、消灯の20時まで過ごす時期が続いた。


   


  

 
 病院は、500床ほどの規模である。新しくはないが、
 掃除はなかなか行き届いている。ただいま新館を建設
 中でいつ行っても人でいっぱい。
 廊下にまでベッドに寝かされている人がいる!
 部屋に入りきらなくても、受け入れているそうだ。
  お寺からの患者さんは大抵が、男女別の18人定員の
  部屋に様々な病気の人と一緒に収容される。

  僧侶も同室で、おなじみの黄土色の布をまとって寝て
  いる。消灯時には、看護婦さんのリードで全員でお経
  を唱え、同室の入院患者でもある僧侶が説法をする。
  具合の悪いときでも、その役割を引き受ける姿には、
  頭が下がる思いがした。



  同室の患者さんは、寝転がって部屋のはじにあるテレ
  ビに見入っている人もいるが、ほとんどは酸素吸入や
  尿道カテーテル、さまざまな管をつけた状態。

  付き添いの人は、ベッドとベッドの間にひとつ椅子を
  おけばそれで身動きがとれなくなるほどのスペースに
  ござをひいて寝泊りしている。



  病室に入ると、じっーと見られる。外国人に興味津々
  の様子。外国人が来て体を拭いたりオムツの様子をみ
  たり、マッサージするのをみて、親戚でも家族でもな
  いのにどうして???と、視線が釘づけ。


  ひとりの看護士は、
 【 お寺から運ばれてくる人はオムツしか持ってこな
        い!せっけんやパウダー、なにひとつ持っちゃい
   ない。わざわざ用意してやってるのよ 】という。

 【 すみませんでした。お支払いしましょうか? 】
   と言うと、【 いや、それはいい 】という。

  あとで分かったのは、もし何もない場合は、病院に
  あるものを共同で使ってくれることもできるという
  こと。

  病室では周りに他に患者がいてその家族がいて…。
  そこでお寺の話がでるとエイズだってもろバレなの
  に。聞いていて嫌な気がした。

  ただでさえ具合が悪くて入院したのに…ストレスの
  はけ口なのか、嫌がらせにあう。




  ただ、こんな場合であってもラッキーはある。

  隣のベッドに僧侶がいた。彼は74歳。昏睡状態で
  1ヶ月になる。背中も腰も曲がり、ゆっくりとしか
  歩けない女性が付き添っている。
  彼女は最初とても興味ありげに私を見ていた。
  僧侶の妹さんで70歳。
  車でも8時間かかるサケーオから来たそうだ。

  肌の色も年齢も顔つきも全く違う二人の患者のケア
  をする日本人が不思議でたまらなかったという。


 【 どういう知り合い? 】と聞いてきた。
  嘘はつきたくないが、全部も言いたくない。

 【 私はお寺でボランティアをしています 】
 【 病気の様子は? 】
 【 一人は高熱が続いていて、ご飯も食べられず、
   薬も飲めない。お尻にも傷があります。
   もう一人も高熱と呼吸困難で意識が朦朧とし
   ています。】というと、

 【 お寺には患者さんは多いの? 】と聞かれた。
 【 はい 】というと、そのあとは黙っていた。

  隣の老女は、その後も何となく気にかけてくれて
  いるような雰囲気もあり、その日の容態はこんな
  だったよと伝えてくれたりした。
  
  私もお寺で貰った果物やお菓子を持っていった。
  彼女がいてくれることが、とてもありがたかった。




  重症の病人のいる大部屋では、メンバーも目まぐ
  るしく変わる。数日後には、あからさまに差別に
  みちみちた人が隣のベッドにきた。

  付き添いの人と目くばせしながら、一部始終の様
  子を伺い、私が患者に何をするのか、どんな話を
  しているのか全神経を傾けて聞こうとしている。

  視線もあからさまで、嫌でも目が合う。
  これ程あからさまに至近距離で好奇と蔑みの視線
  を浴びることは初めてだった。

  患者本人は呼吸も荒く、意識もないので気に留め
  ている余裕はない。こんな状態では、もう頑張れ
  ないよという。



  そんな時、隣の視線の主が隣にいる彼にではなく、
  私に 【 このひと、なんなの? 】と言った。

  【 具合が悪いんです 】と答えると

  【 具合が悪いってどこが?なんの病気? 】と
  言った。

  もう一度【 具合が悪いんです 】と言うと、あ
  きらめたように黙った。なんと言って欲しかった
  のか。
  見ず知らずの人に聞かれて何の病気だか答えなけ
  ればいけないのか。

  瞬間的にいろいろな言葉が噴出しそうになった!
  幸い、噴出す思いにぴったりのタイ語を知らなか
  ったので、いらない争いにならずにすんだ。
  
  もう少しで心ない態度に拍車をかけるところだっ
  た。守りたい患者は常にこの人と隣にいなければ
  ならないのだから。




  しかし免疫が下がり、様々な病気を発症しやすい
  状態のHIV陽性者を、何かの病気で弱っている
  状態のHIV陰性者と狭い部屋で看護するのはど
  うかと思う。
  お互いにつらい。では、隔離部屋をつくるのか?

  本来は病院に向ける抗議が、一番身近にある発散
  しやすいところに投げつけられる。
  結局、おおもとの問題は解決されない。




  大部屋の場合は特に、ケアに費やされる人手も時
  間も最小のようだ。
  看護士はほとんどがガラスのドアの向こうにいて、
  何かあっても気づいてもらえない。

    体位変換もなされないため、かかとやくるぶしに
  まで大きな水ぶくれが、新たな床ずれもできた。

  誰か付き添いがいないと、嘔吐してもそのまま放
  っておかれる。
  
  他の患者さんを見舞った時、酸素吸入のマスクに
  唾液がたまって息ができなくなっている状態に出
  会ったこともある。
  
  目の前のベッドで、手足をベッドに拘束されてい
  るおじさんが、水を飲ませてくれと訴えることも
  あった。



 私はこの時に入院した患者さんのことを、いつか
 らか心の中で《 かわうそくん 》と呼んでいた。

 語尾がにゃーにゃーいうからだし、時々きょろき
 ょろ辺りを見回す仕草のせいかもしれない。

  あとで知ったのは、仲間は《 おたまじゃくし 》
  と呼んでいたそうだ。やっぱり水系?

 



  彼には、ぽっかり大きく口をあけた肉の花のよう
  な傷が臀部にあった。床ずれとも全く違う、内側
  から盛り上がってきてそれ自体が力を持っている
  ようにも見える。
  
  ガンの肉腫はカリフラワーのように盛り上がって
  いると聞いたことがあったが、一部そんな箇所も
  ある。

  大変なのは、その部分に全く何も感じないという
  こと。ずっと同じ姿勢で座っていても痛みがない
  ため、本人は傷をかばうことができず、問題の箇
  所だけが悪化していく。
  しかも臀部以外は普通に感じるし、弱っている部
  分にも敏感に反応する。

  手足に力が入らずしびれや痛みがあるのでマッサ
  ージを求めることが多いが、ボランティア達は
 【 あの人嫌だ!元気そうなのに、マッサージばか
   りやってって言うんだよ 】という人もいる。

  おしりの痛みがないので、怠けてベッドに寝てい
  る人に見えてしまうのだ。

  中には【 あなた歩きなさいよ、歩かないとこの
  まま寝たきりになるわよ! 】とまで言い、歩か
  せる。
  本人にも自覚がないため、疲れすぎていない限り
  は言われるままに散歩する。

  もちろん足のためだけにはそのほうが良いが、陰
  部にある傷がすれて出血をくりかえす。

  具合が更にがくんと悪くなった頃、そのカリフラ
  ワー状のものが、違う場所にも新たに飛び出して
  きていた。




  その少し前に、悪いニュースがあった。
  彼の家族がお見舞いに来たとき、4000バーツ
  を置いていった。
  現金は看護士が預かるシステムもあるが、その時
  は、あいにく誰もいなかった。

  そのため、患者同士で何かと面倒をみていた人が、
  預けてきてあげるといってお金を持っていった。
  しばらくたって、預けたお金のことが気になって
  看護士に聞いてみた。

  やっぱりとは言いたくないが、そのお金は届けら
  れてはいなかった。不憫に思った看護士は、預か
  った患者に問いただしたところ、預かったのは8
  00バーツだけと言い、しかも、いろいろ立て替
  えておいてあげたから残金は500バーツだけだ
  という。

  彼の家族はとても貧しい。

  10代の従姉妹は建設現場で働き、もらえるお給
  料は日に100バーツ。かわうそくんを兄のよう
  に慕っていて、ひさびさに会った彼女は湧き上が
  ってくる感情を抑えきれず【 お兄ちゃん、どう
  してこんなことになっちゃったの? 】と、泣き
  じゃくる。

  彼女はおみやげにと、大好物のコッペパンを大袋
  にいっぱい差し入れた。本当に大好物らしく、2
  日で全部たいらげてしまった!

  お金で苦労している家族からの4000バーツが、
  (日本円で12000円弱ほど)一家にとって、
  どれだけの貴重なのか分かっているだけにショッ
  クは大きい。

  もし看護士に預けてあれば、何かあっても家族に
  返金されるというのに…
  
  今まで【 あんたは自分の赤ちゃんのようだ 】
  といって何かと面倒をみていたその人は、それ以
  来、まるで赤の他人をみるかのように知らんぷり
  で通り過ぎるようになった。

  高熱が何日も続き、食欲もなく水分をとっても出
  尽くすまで嘔吐を繰り返す。意識朦朧として呼吸
  も弱くなった。それからしばらくしてから入院し
  たのだ。




  危篤の場合でもお寺から家族に連絡をいれること
  は稀なのはなぜだろう。

  お寺に預ける場合には、身内(身元引き受け人)
  が付き添ってくることになっている。
  時間をつくって様子を見に来てくるようにと念を
  おされる。

  口にだしてはっきり言うわけではないが、家族側
  もお寺側も暗黙の了解のように、面倒を見ること
  を放棄したと認めているふしがある。

  そうでない家族は見舞いにやってくるし、来た際
  に親しくしている近くのベッドの患者さんに電話
  番号を聞き、何かあったら連絡をもらえるように
  しておく姿も見られるのだから。


  かわうそくんは高熱にうなされながら、家族に連
  絡をとりたいと言った。本人の携帯は壊れていて、
  引受人の電話番号しか手に入らなかったが、コー
  ルしてみた。

  かわうそくんは【 どうしたんだ? 】と聞かれ
  た様子だが【 なんでもありません。かわりない
  ので心配いりません。】といって会話をおえた。

  もう虫の息だというのに…いじらしすぎて涙がで
  た。もしかしたら、このまま家族に会えないまま
  永遠の別れになってしまうこともある?

  おせっかいを覚悟で、かわうそくんには内緒で危
  篤だと伝えることにした。




  2日後、父も弟もホアヒンのホテルで警備の仕事
  をしているが、長期間の休暇をとるのは難しく、
  でも一大事だということで首になるのを覚悟でや
  ってきた。
 
  従姉妹も義母も交代で来るという【 先月様子を
  見に来たときには、歩けるようになって状態がよ
  くなったと安心してたとこなのに… 】

  顔立ちから髪型までそっくりな父がぼそっと言っ
  た。

  義母は【 息子よ!おまえは昔っからずっとがま
  んばかりしてる子だったね。もう甘えていいんだ
  よ 】と、頭をなでてていた。

  たとえケアが行き届かないとしても、そんなこと
  は大した問題じゃない。
  家族といるのっていいなあ、ほっとした。

  その2週間後、かわうそくんは息をひきとった。